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(No108) 大阪市立美術館 ギメ東洋美術館所蔵浮世絵名品展 鑑賞記 その1 2007年4月10日(火)〜5月27日(日)、大阪市立美術展にてフランス国立ギメ東洋美術館所蔵浮世絵名品展が開催されている。
嫁さんとお昼に食事(鶴橋で焼肉!)した後、ちょこっと寄ってみた。
1.初期の浮世絵
展示室の最初のコーナーは「初期の浮世絵」。会場配布のビラに書かれた解説を白地の部分で紹介する。
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(左写真は入場チケットの「月に雁」)
初期の浮世絵
浮世絵の祖として知られる菱川師宣(ひしかわもろのぶ。?〜1694)。その頃の浮世絵版画は、墨一色で摺られた墨摺絵(すみずりえ)が中心でした。
しかし、次第に色彩への欲求が高まり、丹(たん。鉱物系の赤絵具)などを筆で彩色した丹絵や、紅(べに。植物系の赤絵具)などを彩色を筆でほどこした紅絵が登場し、浮世絵版画はだんだんと色彩豊かになっていきました。
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ここで紹介されている浮世絵の作者は鳥居清倍(とりいきよます)のものが多い。大阪市立美術館のサイトがリンク切れになるまでは、主な出品作品で10(※ 図録上の作品番号。以下同じ) 「渡辺綱 羅生門」をクリックしてもらいたい。
それと、私は借りていないのだが会場で音声ガイドの対象となっていた作品を作品番号を赤字にして紹介しておきたい。
2.紅摺絵
紅摺絵(べにすりえ)
初期の浮世絵は墨摺絵に筆で彩色していましたが、色まで木版により摺られるようになります。
紅や緑、黄などいくつかの色を重ね摺りした紅摺絵の誕生です。
紅摺絵は、延享年間(1744〜48)頃には一般化し、まだ色数は限られていたものの、筆による彩色にくらべ短時間でムラのない色彩の版画を量産できるようになりました。 |
16 奥村利信 「据風呂」(すえぶろ)
これは「あぶな絵」と呼ばれる、春画(枕絵)のような露骨な性描写はしないが、日常生活の場で素肌がちらりと露わになるような場面を描いた画の一つ。
18 二代 鳥居清倍 「二世市川海老蔵のういろう売り」
| わたしゃ「ういろう」と言えば羊羹のような寒天のような和菓子しか連想できないのだが、この絵では手に持った入れ物には「粒々」が描かれていて不思議に思った。
図録の解説を引用する。 |
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「寛延4年(1751)2月市村座『初花隅田川』における二世市川海老蔵の粟津六郎、外郎売の場面。外郎とは〜家伝の妙薬『透沈香』のことで、今でも小田原の名物として知られる」そうだ。
外郎(ういろう)に関する浮世絵については、例えばここで。
3.鈴木春信
【鈴木春信と錦絵(にしきえ)】
錦のように美しいことから名づけられた錦絵。技術革新により、それまで数色に限られていた浮世絵版画の色数が飛躍的に多くなりました。
作品によっては、十色以上が重ね摺りされるようになりました。
明和年間(1764〜72)の初めに流行した絵暦(えごよみ。カレンダーの一種)の制作で活躍し、錦絵の誕生に大きく貢献した浮世絵師が鈴木春信です。 |
22 鈴木春信 「やつし許由」
許由といえば、「中国古代、三皇五帝時代の伝説の隠者。〜尭が許由に帝位を譲ろうとしたところ〜俗事を聞いて耳が汚れたとし、頴川で自らの耳をすすいだという」と図録解説にある。
許由を女性に置き換えた作品らしいが、そう言われないと滝のそばで行水してる「あぶな絵」にしか見えない。
23 鈴木春信 「風俗四季哥仙 竹間鶯」(ふうぞくしきかせん ちくかんのうぐいす)
大阪市立美術館のサイトがリンク切れになるまでは、主な出品作品にて。
32 礒田湖龍斎 「雛形若菜の初模様 竹屋内小式部」
「雛形若菜の初模様」(ひながたわかなのはつもよう)とは「遊女が正月に着る衣装の模様に焦点を当てた揃物」(図録解説)で、5年以上、点数は140点にも及ぶという大ヒットシリーズ企画らしい。
40 北尾重政 「野葡萄を食べる兎」
このウサギは目が怖いです。
42 北尾重政 「絵抄細見図 あふぎやうち なゝこし かたらゐ」
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4.浮絵
浮絵
浮絵とは、西洋の遠近法を取り入れた浮世絵版画のこと。
画面奥の消失点に向かって何本も直線を引くことで画面に奥行きが与えられ、手前に描かれたものが浮き出したように見えることから浮絵と呼ばれました。
今でいう3D画像のような感覚だったのでしょう。人々の目を驚かせる珍しい浮世絵として人気を博しました。 |
44 歌川豊春 「浮絵駿河町呉服屋図」
5.役者似顔絵
| 役者似顔絵
18世紀中頃までの役者絵では、役者の顔を描き分けていませんでした。
しかし、個々の役者に対するファンの心理が高まるにつれ、それでは満足されなくなっていきます。そこに登場したのが一筆斎文調と勝川春章です。
彼らの描く顔の特徴をとらえた新しい役者絵「役者似顔絵」はファンに大好評でした。 |
50 一筆斎文調 「二世市川雷蔵の松若丸」
二世雷蔵は若々しく威勢がよく人気を博したが早世したそうである。
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59 勝川春章 「衣裳部屋の初世尾上松助」
生気のない三人組がグダグダと商談しているような絵だが、どうやら衣装に関するダメ出しをしているみたいだ。
124 歌川豊国 「役者舞台之絵 やまとや」
「やまとや」とは「屋号を『大和屋』とする四世岩井半四郎のことで〜『お多福半四郎』の異名をとる丸顔の愛嬌あふれる容貌」(『図録』)だそうだ。確かにあごの辺りがプクプクしてる。
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6.東洲斎写楽
【東洲斎写楽と役者絵】
江戸で一番の娯楽はやっぱり歌舞伎。
人気の歌舞伎役者を描いた役者絵は、ファンにとって大好きな役者を身近に感じることができる大切なものでした。
写楽の役者絵は、あまりに真に迫っていたため、役者の理想像を求めた当時のファンには受け入れられなかったようです。
しかし、きらきらと光るグレーの背景(黒雲母摺 くろきらずり)に上半身をクローズアップした役者絵は、現代の我々の眼にも斬新で迫力満点です。 |
115 東洲斎写楽 「嵐龍造の金貸石部金吉」
本展示会のチラシやポスターなどでよく取り上げられている有名な作品。
嵐龍造とは敵役の名俳優。私は石部金吉というのは堅物を示す架空の名前かと思っていたのだが、「花菖蒲文禄曽我」という歌舞伎に出てくる因業な金貸の役名とは知らなかった。
大阪市立美術館のサイトがリンク切れになるまでは、主な出品作品にて。また、チラシのページにて。
118 東洲斎写楽 「中島和田右衛門のぼうだら長左衛門と中村此蔵の船宿かな川やの権」
両名の顔かたちは、面長・丸顔などことごとく対照的に描かれている。そこが面白いといえば面白いのだが、もっと面白いのが、なぜ写楽が、無名の俳優二人が揃って端役を演じているところをわざわざ描いたのかという理由がわからないという点。
122 東洲斎写楽 「二世市川門之助 四世松本幸四郎 四世岩井半四郎」
どうもお疲れ様でした。続きはまた。
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