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(No113) 東大寺大仏殿ほか その3

 2007年6月23日(土)、東大寺などに行った。あと、別の日にもう一度行ったのだが、その辺を適当にミックスしてお伝えしたい・・・・・の続き。



4.大仏殿


 それでは上司師のお話の続き。

【 (7) 福田思想と大乗・小乗 】

  私は先ほど、光明皇后の設置した悲田院や施薬院を「福祉」施設と言いましたが、より正確には福田思想(ふくでんしそう)による施設と言った方がいいと思います。

 福田思想というのは、あまりお聞きになったことがないかもしれませんが、私は、僧侶として絶対に忘れてはならない、仏教の根本といいますか、最も大事な考え方の一つだと考えています。

 これは、お釈迦様を田んぼに見立てる思想なんですね。田んぼに苗を植えると稲が稔るように、お釈迦様に何かを、例えばお布施をすると何か良いことがある。悩みを打ち明けると、何かが、例えば説法が返ってくる。そういう考え方なんです。

 ところが、お釈迦様がお亡くなりになった。それでは、これまでの田んぼはどこに行ってしまうのか。なくなるのか。いや、そうではなく、サンガ、つまりお釈迦様のお弟子さんたち、法を受け継いだ人にお布施をすれば・・・ということになった。

 それと、もう一つ、皆さんも小乗仏教とか、大乗仏教という言葉を聞かれたことがあると思います。
 最初の頃の仏教は小乗仏教だったんですね。小乗というのは小さい乗り物のことです。
 では、乗り物に乗ってどこに行くのか。それは彼岸
(ひがん)です。彼岸とは彼の岸(かのきし)、つまり大きな河の向こう岸ですね。
 彼岸には何があるのか。それは悟りの世界です。すべてが理解できて安心ができる世界。これが向こう岸には待っている。誰もがそこへ行きたい。
 しかし、小乗仏教は、出家仏教です。修行した出家者だけが、小さな乗り物、一人乗りの船に乗って彼岸に行ける。僧侶にお布施をすると、良いことはあるのですが、彼岸には行けない。

 何だ、坊さんだけが彼岸に行くなんてセコイじゃないか。みんなで彼岸に行こう。出家していない在家の方も、僧侶も大きな船に乗って一緒に彼岸に行きましょう。簡単に言うと、これが大乗仏教です。いわゆる在家仏教。日本の仏教はほとんどが大乗仏教で、もちろん東大寺も大乗仏教です。

(※ 石野注
 私は最初、師の福田思想のお話を聞いていると「何だ、お寺にお布施がつきものですよ」ということを説明しているのか?と思ってしまった。後の大乗仏教下における福田思想の話まで聞いて、浅はかな理解をして申し訳なかったなと思った。
 それと、大乗・小乗についても、現在では「小乗」仏教というのは、大乗仏教の側からみて卑しめる言い方なので、「部派仏教」などといった呼び方をするということは無学な私でも知っている。博識な上司師がご存知ない筈はないので、私ども一般的な聴衆のレベルに合わせてわかりやすく解説いただいたのだと思う)

 

 そして大乗仏教になると、福田の相手は僧侶に限らないということになってきます。誰もが悟りの世界、彼岸に行ける。つまり、誰もが仏の種を持っている。ですから、誰に功徳を積んでも良いということになります。

 さて、そうなるとややこしいことになると思いませんか。誰でもいい、と言っても、ついこの人に渡しておかないとうるさい、厄介だから渡しておこうとか、ついつい権力者、有力者に持っていこうということになりがちです。

 ですから、福田の優先順位を決めておこうということになりました。

 例えば食べ物であれば、それを自分では取りにくい人から先に与えましょうということになりました。財物などを自分で手に入れにくい人といえば、病人とか、老人とか、子どもとか、貧困や障害に苦しむ方などが考えられます。そこが、現在でいう福祉的要素ともいえると思います。
 そうした方々に善行を積むという福田思想が中国を通じ、日本に伝わってきました。

 日本では、聖徳太子が最初に四天王寺に四箇院をつくったと伝えられています。四箇院とは悲田院、施薬院のほか、敬田院
(きょうでんいん)、療病院の四つです。
 ただ、聖徳太子の四箇院は伝説だけですから、それをきちんと形にして、正式な記録に残っているというと光明皇后のものが最初といってよいと思います。

 なぜ聖徳太子が四箇院で、光明皇后が施薬・悲田の二院かというと、敬田院は福田思想を実践するための事務所ですから、寺院がこうした事業を行う事務所としての機能をするので不要と考えられたようです。

 また、療病院はいわゆる「病院」で、施薬院とほとんど重複していたようです。

(大仏殿 背面) 

 施薬院といえば、皆さんの中にも医療や薬品業界の関係者の方がいらっしゃるかも知れませんが、薬は高いですよね。私も爪の水虫の服み薬を服んでいますが、月に何万円もするんです。あれで健康保険がなかったら、とても無理ですね。
 皆さんも正倉院展に行かれたことがあるかもしれませんが、よく薬関係の出展があります。薬の入れ物とか、薬そのものなどです。
 もっとも、麝香など、現在の感覚では薬なのかな?と思えるようなものも混じっていますが。要するに、薬というのは、正倉院に納められるような、宝のようなものであったということです。

 また、悲田院の「悲」は慈悲の悲です。悲田院は貧窮者に施しをする施設とされていますが、老人ホームとか、身寄りのない子どもを収容するなど、高齢者福祉、児童福祉、また障害者福祉など福祉全般を担っていたようです。
 いずれにせよ福祉には、お金がかかります。こうした福祉事業に、光明皇后は藤原家の財力や、また国家事業として積極的に取り組んでいたといえます。 

 


【 (8) 聖武天皇の自責と苦悩 】

 さて、そのように積極的に福祉事業に取り組んでいた光明皇后ですが、聖武天皇はどうしていたのでしょうか?

 聖武天皇は筆跡のところでも申し上げましたが、非常に責任感の強いお人柄だったようです。いろいろな天災、悪疫などがはびこったのですが、「責めは我一人にあり」とおっしゃいました。すべての責任は自分にあるのだとおっしゃったのです。
 確かに地震のような天災は止められないかも知れない。しかし、自分の治世がもっと正しければ、犠牲者をもっと減らせたのではないか。
 これは、リーダーの宿命ですね。栄誉はメンバーと分かち合うが、責任は一人で背負わねばならない。
 しかし、9・11同時多発テロのとき、ブッシュ大統領は「これは自分の責任だ」と言ったでしょうか?敵、つまり責任はアルカイダにあるとして、この敵を倒すことで正義を守るとしました。
 また、日本の首相も神戸の大震災で「これは私の責任だ」などとは言いませんでした。それはそうです。もし言ったら、大変なことになります。
 しかし、聖武天皇は全ての責任は自分にあるとおっしゃったのです。しかし、それで何ができるでしょうか。聖武天皇は、現実には何もできませんでした。

 
(右写真は炎天下の中で法話を続けていただいてる上司師。我々は日陰の、大仏殿裏手の階段に座っている) 

 当時、聖武天皇が何をしていたか、というと平城京にいたたまれず、紫香楽(しがらき。滋賀)、恭仁(くに。京都)、難波(なにわ。大阪)、伊勢などを転々とする。
 これは、光明皇后がきっちりと平城京を治めていたという安心感もあったのかもしれませんが、聖武天皇の自責による彷徨の日々ともいえるでしょう。

 しかし、そうした放浪の日々の中で、ついに聖武天皇は「これだ!」というものを見つけました。それが毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)、「大仏」だったのです。

 南河内、現在の柏原市とか八尾市の辺りに知識寺という寺がありました。聖武天皇は、その知識寺で大仏を拝観し、感銘を受けたようです。

 「知識」というのは、現在のように「○○に関する知識がある」という意味ではなく、友人とか同志を意味します。ですから知識寺とは官がつくった寺ではなく、志を同じくする友人どうし、仲間が協力してつくった寺をいいます。

 では、聖武天皇は、なぜ知識寺の、毘盧遮那仏にそれほど心を動かされたのでしょうか。 

(※ 石野注
 知識寺については、私のサイトのここここで)

 



【 (9) 華厳経と大日如来 】

 東大寺は華厳宗の総本山ですが、華厳経をサンスクリット語ではガンダビューハ・スートラといいます。
 スートラとは「経」とか「ことば」といった意味で、お釈迦様が菩提樹の下で悟りをひらいたとき、その悟りを反芻した「真理のはなし」がガンダビューハ・スートラです。
 お釈迦様は、この真理の話を綴るのに海の水を墨に代えてもまだ足りないとおっしゃったようです。
 お釈迦様は、大医王とも呼ばれます。応病与薬ともいい、生きとし生ける全てのものが抱えるあらゆる悩みに対し、それぞれに応じた適切なアドバイスを与えることができたといわれています。ですから膨大な量となるということなのでしょう。

 ガンダビューハ・スートラはシルクロードを通じてホータンに伝わり、そこで漢訳され、華厳経となったようです。
 華厳とは「雑華厳浄」
(ざっけごんじょう)とか「雑華厳飾」(ざっけごんじき)を略したものです。
 「雑」とは雑誌の「雑」と同じで、「様々な」、「ありとあらゆる」という意味です。
 また、「華」は別に「花」でも差し支えはなく、むしろ以前は「花」という字が一般に用いられていました。
 「厳」は飾るという意味で、雑華厳浄、雑華厳飾のいずれも、「様々な花で飾る」といった意味です。

 つまり、バラなどのきれいな花だけでなく、雑草の目立たない花であっても同じように飾りに用いる。生きとし生けるすべてのものが等しく何らかの意味を持っている。絶対に、この世に「不要なもの」などないという意味です。

 ガンダビューハ・スートラで語られる本尊が、ヴァイローチャナで、これの音を写したのがビルシャナ(毘盧遮那仏)であり、漢字になおしたのが「大日如来」です。
 大日如来の光りは、全てを照らし、全てのものに届くと考えられています。

  (※ 石野注
 サンスクリット語でマハー・ヴァイローチャナというが、「ヴァイローチャナ」は「輝く」とか「照らす」といった意味。※ 『仏像がよくわかる本』(著:瓜生中。PHP文庫)参照
 「マハー」は「摩訶」であり、「大きい」、「偉大」といった意味。「ヴァイローチャナ」が「太陽」、「日」の意味であるから「大日」如来となる)





  どうもお疲れ様でした。まだ続きます。

 
  


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