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(No114) 東大寺大仏殿ほか その4

 2007年6月23日(土)、東大寺などに行った。あと、別の日にもう一度行ったのだが、その辺を適当にミックスしてお伝えしたい・・・・・の続き。



4.大仏殿


 それでは上司師のお話の続き。


【 (9) 大仏造立の詔 】

  こうした華厳経の精神がもっともよくあらわれているのが大仏を造ろうとしたときの詔です。この詔は紫香楽宮で発せられました。
 そこには「動植ことごとく栄えんと欲す」とあります。日本だけ、人間だけではない。すべての生きとし生けるものの光となるのです。

 詔には、民が大仏のために寄進をしたいと思ったならば、たとえそれが一本の草、ひとつかみの土であってもそれを拒むなとあります。そんな草や土が何の役に立ちますか。そんなものを受け付けていたら工事が遅れますよね。しかし、役人はその寄進を妨げるなとしています。


【 (10) 大仏と大仏殿 】

 大仏の高さは15m弱。少し縮みました。もとは16mあったそうです。
 この16mという大きさにも意味があります。
 仏像の基本的な大きさが丈六といって、およそ3m20cm。坐像であれば、その半分で1m60cm。16mというと、その10倍です。
 四方八方といいますね。平面的な全方位が八方。それに上下を加えた十方というのが、すべてとか、完全、無限という意味を持つので、大仏は10倍して無限倍というような意味を持つのです。
(※ 石野注)
 丈六とは十六尺で、一尺約30.3cmとすれば、およそ485cm。坐像八尺の十倍とすれば約24mとなる。
 しかしながら、大仏の場合は周尺(約20cm)を用いるので16mということになる。



 大仏殿は現在では柱が8本、横幅が55mです。これが天平時代には柱が12本、幅が88mあったと伝えられています。
 それで、現在は、当時の大仏殿があった場所までこうして玉砂利を敷いております。昔は、ここまでの幅があったとわかります。

(※ 石野注)
 もし、回廊を通られるなり、大仏殿の側面をご覧になる機会があったら、地面に視線を向けていただきたい。

 ご存知のように天平時代の大仏殿は、平重衡(たいらのしげひら)の焼き討ちにより炎上しました。もっとも、重衡も直接大仏殿に火をつけた訳ではなく、焼き討ちで類焼したということなんですが。
 重衡は平清盛の息子ですね。清盛は熱病で、大変な高熱を出して死にました。あれは大仏のタタリなんです。いや、わらっておられますが、本当ですよ。罰
(ばち)があたったんです。

 罰があたるというのは、本人が悪いことをしたなあ、と思っているからこそ罰があたるんです。大仏殿はその後、三好・松永の兵火によっても炎上しました。この松永久秀なんかには罰はあたってないんじゃないでしょうか。

 考えたらおそろしいことだと思います。罰があたらないというのは、おそれるものがないということですから。

 その後、大仏殿の復興はできず、大仏はそれから100年以上も雨ざらしのままでした。「大仏さんは天日干し」といった内容のわらべ唄もあったそうです。

 江戸期に、復興に取り組んだのが公慶上人です。公慶上人は、将軍徳川綱吉の母である桂昌院の助力も受けましたが、幕府が補助してくれたのは半額どまりで、あとは公慶上人が全国を勧進しました。

 大仏は、頭がこの江戸時代に鋳造し直されました。300年ほど前です。ですから、大仏の顔はつるっとしています。
 そのほか450年ほど前の部分や800年ほど前の部分など、大仏は継ぎはぎだらけです。近くでみると、補修の跡が目立ちます。
 胴体部分に、蓮弁の模様がついた一片が含まれていたりします。これは、蓮弁部分で不要になった部分も捨てずに、補修に再使用したということでしょう。

 蓮弁の部分は天平時代のものが残っており、1250年ほど前のものです。屋根の上の鴟尾
(しび)などは金箔張りですが、蓮弁は鍍金(ときん)、つまり金メッキで、いまでもごくわずかですが一部に金が残っています。

 当時の金メッキは、水銀のアマルガムにして表面に塗り、それを松明で焼いて水銀を蒸発させるものです。この過程は建屋内で行いましたから、当時の職人たちは水銀の蒸気を吸い、中毒に苦しんだのではないでしょうか。史書にはそうした記録は残っていませんが。

 鎌倉期の重源上人再興の時には山口県で大木が手配できたのですが、江戸時代には、もうそのような大木は手に入らないようになっていました。
 太い柱も南大門は一本の木ですが、大仏殿では何本かの木を束ねた寄木造になっています。

(※ 石野注)
 そう言われたら、大仏殿の柱は何本かの木材を合わせて鉄の箍(たが)をはめた寄木造りになっている。例えばここで。



 柱は寄木にできても、虹梁
(こうりょう)という一番中心となる梁には最低20mの長さの木が必要でした。公慶上人は日本全国を捜し歩いて、ようやく九州は宮崎県えびの市の白鳥神社というところの松の木を見つけ出したそうです。

(※ 石野注)
 『仏教発見!』(著:西山厚。講談社現代新書)に以下のような一節がある。
「学生時代から、大仏殿に入るたびに、どれが大虹梁なのか探してみるのだが、よくわからなかった。〜東大寺のお坊さんに聞くと、天井裏なのでここからは見えない、天井裏へ登りましょう、と言ってくれた。〜大仏殿の端から端まで架かる大きな虹梁。これを公慶が持ってきたのかとしみじみした思いになった。




4.大仏蓮弁ほか

【 (11) 大仏の意味 】 

 では、大仏造立にはどんな意味があったのでしょうか。
 このような大仏を造ることで民衆に大変な負担をかけて苦しめた。そういう見方もできると思います。

 華厳という意味、あらゆる花で飾る。すべてのものにはそれぞれ意味がある。意味のない、価値のないものなどはない。

 これをよく表しているのが「世界で一つだけの花」なんです。

 本当に私たちは、あの頃言ってたんです。おい、スマップが華厳宗の教えをうとてる(歌ってる)でって。

 あれは実際に槇原敬之さんが例の事件を起こして悩んでいた頃、ある僧侶にアドバイスを受け、つくったものだそうです。
 

 あらゆるものは等しく価値がある。「世界で一つだけの花」は50年後、100年後に残っているでしょうか。大仏は焼けても再興され1250年以上も残っています。

 大仏は華厳の意味を思い出すため、大仏を見て華厳の意味を把握し続けることができれば、大きな意味があると思います。
   

 

 

 

 
 

 
 

 




5.長池ほか

 
 大仏殿向かって右、東側に左写真のような長方形の池がある。

 この池を東大寺の方々は「長池」と呼んでおられるそうだ。(←そのまんまやな)

 再建時に運んできた木材を浮かべていたそうだ。いわゆる貯木場の役目をしていたのだろう。

 この写真の右側、池のほとりに大木の並木が見えるが、これは、全国各地でもなかなか大仏殿などに適した木材が得られないので、自前で少しでも調達しようと植樹されたそうだ。 

 
 右写真は、その長池の横で、鐘楼に上る坂道なのだが、この坂をなぜか「猫坂」というらしい。

 京都清水寺の三年坂(産寧坂)で転ぶと3年以内に死ぬとかいう伝説があるようだが、この猫坂で転ぶと猫になってしまうそうだ。

 そら、えらいことだ。

 上司師のお話を聞いて、その後でこの坂を上るとき、やたら慎重に足を運んだのはいうまでもない。  

 
 左写真は鐘楼の鐘。

 上司師がおっしゃるのに、撞木が当たる部分が微妙にずれている。

 その理由には二つあって、一つには実際に間違ったという説。で、もう一つは、真ん中に当たってしまうと反響していつまでも鳴り止まないのであえてずらすという説。

 そう言われてよく見ると確かに撞木の当たるであろう位置は、丸い模様のついた、いわば鐘のスイートスポットよりやや下にずれている。 

 
 右写真は閼伽井屋(あかいや)の裏側。

 閼伽井屋とは、いわゆる「お水取り」の時に「お水」を取るための井戸(若狭井)がある建物である。

 上司師のおっしゃるには、閼伽井屋の周りに付いているのは雑草や枯れ木ではなく、修二会(しゅにえ)のおりに飾られた榊(さかき)だそうだ。

 下の方に葉っぱがついてないのは、鹿が食べちゃったとのことである。


 二月堂は向かって左にはお水取りの時、お松明が駆け上がる屋根付きの階段があるが、向かって右にも石段がある。

 これも上司師に教えていただいたのだが、この石段の一番上と下の数段だけ、何か模様がついているそうだ。
 はっきりはしないが、これは相当古い。二月堂建設当初からの模様ではないかとのことであった。

 右写真は一番上部の2段。

 確かに直線模様と、波みたいな模様が彫られている。 

 
 左写真は、一番下部の3段。

 波みたいな模様や亀甲模様、それと「S」字みたいな模様が彫ってあった。 

 
 右写真は、7時過ぎくらいの大仏殿。

 実はこれも上司師に大湯屋前の川に蛍が出る。時期的にもうだいぶ遅い。6月中旬くらいまではけっこう出ていたけど、どうでしょうか?とのことだった。

 まあ、いなきゃいないでいいやと思って行ってみた。けっこう見物人はいた。

 暗くなるまで待ってたら、何とか一匹だけ光ってるのが見えたので、あまり遅くなってもいけないなと思い、それ以上粘らずに帰った。

  大仏蛍についてはたとえばここで。


 やっぱ、優秀な方にガイドをしていただくと、全然違うなあ。上司師に深く深く感謝。


 

 どうもお疲れ様でした。

 
  


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