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それ行け!中華探偵団(7) 「『中国』という言葉は、いつからある?」

 今回のご依頼は、うちのサイトの掲示板に、「かぽっく」さんが「『中国という言葉って、いつからあるものなのでしょうか?

 中華民国の省略として、『中国』という言葉ができたのでしょうか? それとも、中国という言葉はずっと昔からあるのでしょうか?」という書き込みをされたのをネタにさせていただきました。


1. まずは、私から雑駁(ざっぱく)ではありますが、簡単にレスさせていただきました。

 去年9月の「ひとこと書評」で取り上げた『貝と羊の中国人』(加藤徹。新潮新書)から引用します。

P197 「天下の中心部を指す『中国』という語が、チャイナを指す固有名詞として使われ始めたのは、19世紀半ば以降である。
 そもそも中華や中国という語は、普通名詞だった。日本〜などでも、自国を指して〜『中国』と称することがあったほどである。
〜清末の清朝の外交用語では、外国に対して自国を『中国』と称した。」
とあるので、
>中華民国の省略として、「中国」という言葉ができたのでしょうか?
・・・というのは少し違うみたい。

 さりとて、
>それとも、中国という言葉はずっと昔からあるのでしょうか?
でもない感じ。


・・・・・ほんま、雑駁な答えやな。

 


2. 続いて「枕流亭」のNAGAICHIさんから、書き込みがありました。

 旧字では「中國」ですけどね。

『書経』梓材に
「皇天既付中國民越厥疆土于先王」(原文)
「皇天既に中國の民と厥の疆土とを先王に付す」(明治書院版書き下し)
というのがありますね。

 ほかにも『詩経』大雅に
「惠此中國」(民勞)
「女炰烋于中國」(蕩)
とかあったりします。

『春秋左氏伝』でも成公七年や荘公三十一年や僖公二十五年などで確認できると思います。

「中國」という言葉自体は、遅くとも戦国時代、早ければ西周以前からあったと思います。

 もちろん近現代的な意味・用法としての「中国」は、石野さんのおっしゃるとおりだと思います。

 根拠がきっちり示されてるところが、流石ですよねえ。
 NAGAICHIさんに書き込んでもらうと学術的雰囲気が横溢する・・・と書いたところ、ご本人は「そんなことはない」とご謙遜でした。


3. 投稿された「かぽっく」さんからは、感謝のことばとともに、中韓日三国にまたがる、さらなるご感想が。

 先日、講談社新書の「中国の大盗賊・完全版」を読んで、中国人にとっての「国」というのは、大昔から、「中国」(という概念のようなもの)と、その時代その時代の「王朝」とが、二重的なものとして存在していて、中国人にとっては、「王朝(政権)」よりも、「国(というような概念)」のほうが、わりと優先するのかな? などと思ったのでした。

 中国人は「ウオメン」(わたしたち)なんて言葉は使わないという話を、中国人に聞いたことがあります。

 韓国人は「ウリ」(わたしたち)という言葉が大好きだそうです。日本人は、「わたしたち」という言葉は日常的にはあまり使わないものの、「わたしたち」という概念は、日本人にとってはなくてはならないものかもしれません。

 韓国(朝鮮)や日本においては、「王朝(政権)」と「国(というような概念)」のどちらが優先するというよりも、その2つをイコールで結び付けたい傾向があるからかもしれませんね。



4. NAGAICHIさんからは、「國」に関するまとめのフォローをしていただきました。

 古代での「中國」概念は、中原や中夏とほぼ同義の地域を指すもので、天下意識や中華思想を背景にして「天下の中心部を指す」(さきの石野さん所引の加藤先生所謂)と考えていいと思います。
 「中國」がある特定の国家を指している用例もないではないんですが、古代から「中國」という国家意識や国家概念が強固にあったと考えると、それは間違いだと思います。

 「國」概念も、春秋時代以前の都市国家と、戦国時代の領域国家と、漢代以降の諸侯国で、歴史的変遷を遂げてますので、大昔から不変のものではないと思います。

 ええと、意識的に旧字と新字を使い分けて分かりやすくしたつもりなんですけど、分かりにくかったら訊き直してください。あと、あくまで自分はこう解釈してる程度の説ですので、信憑性はよろしいようにご判断してください。

 


 どうも、ありがとうございました。
 


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